思いやりって、こういう事なのかもしれない。鬱になったわたしに、4歳の娘が教えてくれた事。

2015.02.15 impression

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社会人になり、9年。
わたしは初めて、鬱になった。
 
ずっと、思いやりに溢れた人間になりたいと言っていた。
子供の頃から誰かに親切にするのが好きで、何かをして周りの人が笑顔になってくれるのが凄く嬉しかった。
人を笑顔にする仕事をやりたいと言って、実際に人と多く関わる仕事にも就いた。
 
仕事はずっと好きだった。
しかし、歳を取れば取るだけ、色んなものが見えてくる。
段々、今自分の周りにいる人が、どれだけ「表面上」の付き合いしかしていない人たちなのかという事に気がつき、怖くなってしまったのだ。
実際にわたし自身も、その周りの人間と同じ様に「表面上」の付き合いしかしていない。
 
気付くと、わたしが思いやりと思ってやっていた事は、全て思惑があるものになっていた。
 
お客様への笑顔は、商品を売るため。
旦那の仕事仲間の方への差し入れは、良き家庭であると印象を持って欲しいため。
同僚への褒め言葉は、社内で円滑に仕事をする為のコミュニケーション。
 
誰かが昇格すれば喜びの表情するけど、その裏には小さな嫉妬があり、
誰かが降格すれば悲しみの表情をするけど、その裏にちょっとした安堵感がある。
割と熾烈な競争社会がある会社であるからというものの、こんな気持ちになってしまう自分自身が、本当に卑しく、気持ちが悪い様に感じてしまった。
 

いつから、わたしの思いやりは、こんなに汚いものになってしまったのか。
そもそも、思いやりってなんなんだろうか。
こんな事を考えても、悲しい事に仕事をする上ではあまり役にも立たない。
思いやりが大事っていう綺麗事はわかるけど、実際に仕事をする上ではそれ以上に重要視されてしまう事がたくさんある。
 
薄っぺらい自分が本当に大嫌いになり、鬱になってしまった。
そんな時、4歳になる娘が教えてくれた事がある。

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