「自衛隊機墜落 パイロット2名死亡」16年前に起きた悲劇…日本人は知っておくべき”墜落までの13秒” この事故に隠された真相とは…

2016.01.12 topics

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1999年11月22日午後、航空自衛隊入間基地所属のT‐33型Aジェット練習機が埼玉県狭山市の入間基地北東約2キロの河川敷に墜落した。
 
パイロット2名は殉職した。
 
その際に東京電力の高圧送電線を切断し、東京・埼玉の約80万世帯で停電する事故が起きた。
 
翌日、新聞各紙は大々的に報道して、「自衛隊機、また事故」「東京・埼玉で一斉停電」「税金の無駄使い」
そして、T-33型Aジェット練習機と伝えられたため「パイロットが未熟だったために事故は起こった」と自衛隊は散々に叩かれた。
 
当時の瓦力防衛庁長官が謝罪する事態にまで発展した。
 
そんな無責任な批判を覆すことになったのは1年後の航空事故調査委員会の報告書だった。
「事故は漏れた燃料に電気系統からの火花によって着火し、火災が発生したと断定し、パイロットおよび整備員に過失はなかった」と発表した。
 
事故発生時、機長は管制に「ベイル・アウト(緊急脱出)」と告げていた。
ところが、2名のパイロットは緊急脱出せず機内に留まり、狭山市街地への墜落を回避するための必死の操縦が行われていたとみられる。
 
「ベイル・アウト(緊急脱出)」を告げた時の高度は高度360mで、ぎりぎりパラシュートが開く高さだった。
 
実は、2名のパイロットはベテランで、そんなことは十分承知していた。
 
機体が河川敷に向かったことを確認したのは「ベイル・アウト(緊急脱出)」宣言の13秒後であった。
 
この時、地上との距離は70m、機長は再び「ベイル・アウト」を宣言して2名のパイロットは脱出するが、当然にパラシュートは十分に開かず2名とも地面に叩きつけられ死亡した。
彼らは覚悟の死であった。
 

 

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