星野源の過酷な闘病生活を救ったのはバナナマン・日村だった…二人の強い絆に感動!

2016.09.06 topics

th_sam

 

2012年の終わり、ニュースでも流れましたが星野さんは突然『くも膜下出血』で倒れてしまいます。
 
13年に一度復帰をしましたが、再び入院生活を余儀なくされ芸能活動は休止。
 
その時の心境について、星野さんはこのように語っています。
 

 
「今すぐにでもベッドの頭上にある窓から飛び降りたい。早く死んでしまいたい。こんな拷問のような痛みはもうたくさんだ」
 

 
その後辛い闘病生活を終え、芸能界に復帰を果たした星野さん。
辛い状態だった時、一番の支えとなっていたのはあの人の存在でした。
 

バナナマン日村との強い絆

 
10年ほど前に放送されていたドラマ『アキハバラ@DEEP』で共演以来、交流を続けているという星野さんとバナナマン・日村さん。
 
その二人の仲良しぶりはファンの間でも有名で、毎年日村さんの誕生日に自作のバーズデーソングをプレゼントするのが恒例になっています。
 
基本的にそのバーズデーソングの内容は、日村さんの容姿をいじるような内容なのですが、41歳の時に贈ったバースデーソングだけはいつもとは違う雰囲気…
 
そこには日村さんへの、辛い闘病生活を支えてくれた感謝の気持ちが込められていたのです。
 

” width=”420″ height=”315″ frameborder=”0″ allowfullscreen=”allowfullscreen”>

 
 

 
『どうかしてるぜ』
 
退院して初めて開いた携帯
留守電には日村の声が
「心配です、返信は無用です」
  
復帰した日に初めて開いた携帯
本文には日村の文字が
「復帰おめでとう、またご飯でも行こう」
  
日村、なぜ俺を泣かすのか
お前は芸人じゃなかったのか
日村、なぜ笑わせないのか
そんなお前はどうかしてるぜ
どうかしてるぜありがとう日村

引用:

 

 
ただのバースデーソングとしては、名曲すぎます!
星野さんの優しい歌声もそうですが、日村さんの優しさにも泣けました…。
 
色々な過去の辛い経験を乗り越えてきたからこそ、わかる人の痛みや優しさ。
その全ての経験が今の星野さんの魅力となって多くの人の心を惹きつけているのかもしれません。
 
th_3

引用:witter.com

 


Writing by Y.sato of cadot


Cadot(カド)は、「旬」な話題を
あなたにお届けします。

 
【あなたの「旬」な話を募集しています】
Cadot-カド-では、読者様の実際に体験した話や知っている裏話などを募集しています。
Cadot-カド-で取り上げて欲しい話がありましたら、こちらまでメールをお願いいたします。
 
※採用された場合、公開前に記事内容の確認のメールを差し上げます。
また、全ての話を採用する訳では御座いません。予めご了承くださいませ。

編集部 Pick Up!

同じカテゴリーの記事